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21 December

黒の背景

私の絵は、一部を除いて、特に自分で気に入っている作品についてはほとんどが、

背景は黒(もしくはそれに近い)一色の世界です。

厳密には、ペン画では青・黒。油彩では、黒に見えますが、プロシャンブルーを使っています。そしてその理由が、何か大変ネガティブなものだと、思われているようです。

しかし本当の理由は、ちゃんと別のところにあるのです。

 

大学1年の時、私は実家の栃木から女子美杉並キャンパスまで電車で片道2時間半~3時間半かけて通いました。

1日の内のかなりの時間を、電車の中で過ごしていたことになります。

もちろん冬場は午後4時には陽が落ちてくるため、帰り着けば辺りは真っ暗、また朝は始発に乗るためまた真っ暗で月が出ている早朝(?)に出かけます。

電車の透明な窓ガラスは日中陽の光が差し込む間、外の風景を透過します。

けれど、夜(もしくは朝)の窓ガラスは外の風景を透過しながら電車内の座席や乗客の姿見となります。そこに写りこむ姿は鏡で見るより朧気で、鏡より微細な光を感じさせます。

御伽噺でいう所の鏡は異次元への入り口、とかこことよく似たもう一つの世界ではありませんがその大きな車内の姿見に、私は別の世界を想像していました。

 

また私はほの暗くて湿気ていて、窓は少なく天上の低い陰気な家で育ちました。

小学校1年生の終わりからは身体を壊して家の中で本を読むことが多くなり、その暗い家の中で高校3年生までを過ごしました。そうして気がついたことがありました。

「暗い」という状態にも様々な濃度があって必ず光を感じるように出来ている、という事、微細な光を感じるには自分が暗い場所にいなければ感じられないのだという事を、その家の中で教わりました。

 

今も夜遅く電車に乗った時には、私は窓に映った自分とその周りの乗客を見つめます。

そこには、私の描きたい強い陽の光に当たったら鳴りを潜めてしまう世界が、あるような気がするのです
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